2020.07.08 放送後記

2020年07月11日

連載小説「僕たちの家ではビートルズがかかる」

第3話

「ソウタ!!!大外見ろ!!!4番フリーだぞ!!!」

相手チームのコーナーキック。ピンチだった。僕は守備に回る選手たちに大声で指示を出す。ただそれも、歓声や強風の雑音でどこまで選手たちに届いているのかはわからない。実際、ソウタはまだ相手チームのディフェンダーが上がってきたことに気がついていないようだ。僕はため息をついてベンチに戻った。

それにしても今日はギャラリーが多い。それも当然と言えば当然で、三年生にとっては最後の市大会なのだ。グラウンドの周りは生徒の両親等でいっぱいだった。市大会で優勝すれば県、県大会も優勝すれば関東大会・・・と続いていくわけだが、我々の中学校はそこまで夢を見られるほどの強豪ではない。一応「市大会ベスト4」という目標を掲げているものの、実際は2回戦に勝ち進むことができれば御の字、というレベルだった。だから私のようなサッカー未経験者でも、顧問となれたのだろう。

プレーが再開された。相手のコーナーキックはキーパーのリキが難なくキャッチする。試合は残り10分。0-0のまま、こう着状態に陥っていた。

「松村先生、そろそろ・・・」

隣に座っている副顧問の加藤先生が私に声をかける。「そろそろ・・・」の意味はわかっていた。僕も作戦用ボードを見ながら「そうですね」と返事をする。

3年生を全員試合に出させてあげたい。

これは中学生の部活動である。確かに勝利を目指すことも大切だ。そのためにこれまで練習をしてきた(僕もサッカーについて必死に勉強してきた)。だがそれよりも、勝利を目指した過程で得た経験を生徒に与えてあげたい。そして、その経験を意識させるには、なるべく彼らを試合に出してあげるべきではないか。そんな共通の理解を加藤先生と持っていた。

3年生は計10人。しかし、その内現在ピッチに立っているのは8人だ。まだ試合に出場していない3年生は、センターバックのコウヘイとフォワードのタクミ。彼らのポジションには、運動神経が抜群の2年生が入っていた。

迷いはなかった。僕はベンチ脇でアップしている2人を呼んだ。

「コウヘイ!!!タクミ!!!そろそろ行こうか。」

こちらへ走ってきた2人は、明らかに緊張していた。彼らが公式戦に出るのは初めてである。僕は四審に交代用紙を渡すと、彼らの目を見て言った。

「楽しんできてね。思い切り。」

「はい!」2人は揃って返事をした。

これで3年生全員がピッチに立った。僕は彼らを送り出すと、ベンチに戻った。ただ、パイプ椅子には座らず立ったまま戦況を見つめる。試合は残り数分となった。相手がギアを上げてきたのか、押されている。試合は動くだろうか。仮にこのままスコアレスで終えると、PK戦となる。僕は頭の片隅で、そうなった場合のキッカー順を考え始めていた。

その時だった。相手ゴールキーパーがパントキックを蹴った。高く上がったボールは、難なくセンターバックのコウヘイが跳ね返す・・・かと思われたが、ボールは強風に乗って予想以上に伸びた。我々の最終ラインを抜けてバウンドする。その瞬間、ボール目掛けて相手の俊足フォワードが走り出した。僕は「マズい」と呟いていた。誰が最初にボールを触るだろうか。

キーパーのリキが飛び出してきた。「オーケー!!!!」と叫んでいる。俺がボールを処理する、ということだ。ディフェンスラインを抜けているのだから、キーパーとしては賢明な判断である。ただ問題は、ボールに触れるかということである。仮に、相手に先に触られてしまったら、ゴールはガラ空きだ。

そこにセンターバックのコウヘイが猛ダッシュで戻ってきた。運が悪かったのは、リキとコウヘイが、ほぼ同時にボールに追いつくスピードで走ってきたことだ。そして2人とも、ボールしか見ていなかった。

リキとコウヘイは、ボールに触れる前に激突した。僕が何か言おうとした時には、相手フォワードがボールをゴールに蹴り込んでいた。歓声が聞こえてくる。

僕はそれから数分間、じっとグラウンドを見つめているだけだった。


試合後。3年生にとって最後のミーティング。生徒たちは皆、泣きじゃくっていた。僕は顧問として、ありきたりなことを喋ったと思う(あまり覚えていない)。ありきたりに喋って、ありきたりに生徒たちの肩を叩き、そのまま解散した。そしてコウヘイとリキにはもちろん、彼らの判断が間違っていないことを説いた。

僕は、何かが違うと思った。

その日の晩、ビートルズ報告会では沙織に試合のことを話した。沙織はマグカップを両手に持ち、僕の目を見ながら話を聞いていた。3年生のこと、失点のこと、試合後のミーティングのこと。一通り話したあと、僕は「何かが違うんだよなあ」と言った。

沙織は綺麗な黒い髪をくるくると人差し指に巻きつけ、「うーん」と言った。考え事をしている時のクセだ。

「私が気になるのは」

「うん」

「もちろんコウヘイくんとかリキくんもなんだけど」

「うん」

「タクミくんはどんな様子だったのかなって」

「あっ」

そう言えば、終盤は相手チームが押していた。こちら側にはチャンスらしいチャンスがほとんどなく、前線までボールが届くことはなかった。

「タクミくん、何回ボールに触った?」

何回だろう。ほぼ触っていないのではないか。

「確かに...全然試合に絡めないまま終わっちゃったなあ」

「そっか」

沙織はそれ以上言わなかった。僕は、あまりにも視野が狭い自分に腹が立ってきた。そして、自分は小さな人間だと思った。コウヘイとタクミを試合に出したことについては、何も後悔していない。ただ、試合に出して終わりじゃ不十分だろう。あの時、彼らに対し、どのように声をかけたら良かったのだろうか。そして、これからどのように声をかけたら良いのだろうか。

落ち込む僕に、沙織が選んだ曲は「ヒア・カムズ・ザ・サン」だった。

僕たちの家では、今日もビートルズがかかる。